大判例

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浦和地方裁判所 昭和37年(ワ)81号 判決

原告 北屋敷ヤイ

被告 杉田みつ 外一名

主文

被告らは各自原告に対し金二〇〇、〇〇〇円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。

この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告に対し金三〇〇、〇〇〇円を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、被告杉田みつ(以下被告みつと略称)は、昭和三一年二月二六日浦和地方裁判所に対し同年(ワ)第八四号を以て、浦和市大字上木崎四九一六番地の一〇及び四九一七番地の一一所在家屋番号同所三一三番の一一木造瓦葺平家建住家一棟建坪二一坪(以下本件建物と略称)につき原告に対し家屋明渡請求訴訟を提起したので、原告は右訴訟事件に応訴の止むなきに至り、これと共に将来の禍根を一掃する為に昭和三三年三月四日同年(ワ)第四四号を以て被告みつに対し本件建物につき所有権確認を求める反訴を提起した(以下、右の訴訟を原訴訟と略称する。)ところ、昭和三四年三月五日本訴反訴とも原告北屋敷勝訴の判決が云渡され、同年四月二日確定した。

二、原訴訟本訴は、被告みつがその夫である被告杉田愛三郎(以下被告愛三郎と略称する)と共謀の上、本件建物が原告の所有であることを熟知しながら、或いは仮にその点に思い違いがあつたとしても事前の調査をすれば原告の所有であることは容易に知り得べきであるにも拘らずこれを確かめることなく、提起したものである。

原告が本件建物の所有権を取得した事情は次のとおりである。

すなわち、原告は昭和一六年頃、本件建物外四棟の建物の建築を被告愛三郎に依頼し、建築資金として一三、〇〇〇円を預託し、建築完了まで一切の処理及び完了後の建物台帳登録手続等も全て同被告に委託したものであり、原告は当然本件建物は原告名義として建物台帳に登載してあるものと思料して十数年を過したのである。しかるに、被告愛三郎は原告の全幅の信頼に基く無警戒に乗じ、本件建物をその竣工当時被告みつ名義に台帳登録手続をなし、その記載を理由として本件建物は被告みつの所有であると主張し、被告みつは原訴訟本訴を提起したものである。

三、右のような事情に鑑みれば、被告みつの右の訴は、故意或いは重過失による不当な訴訟であつて、かかる所為は不法行為を構成する。又、被告みつの背後にあつて右訴訟の追行をさせた被告愛三郎は共同行為者として、仮にそうでないとしても、少くとも同被告は教唆者又は幇助者と云うべきであるから共同の責任を免れない。

四、原告は、被告らの右不法行為により、次のとおりの損害を蒙つた。

(一)  原告は被告らの右の不法行為に対し、原訴訟における応訴及び反訴並びに本件建物について譲渡禁止の仮処分申請をするため、弁護士平本隆吉、同平本祐二に事件処理を委任し、両氏の所属する東京弁護士会所定の報酬規程の範囲内において、着手金として四〇、〇〇〇円、勝訴確定後報酬として六〇、〇〇〇円を支払つた。なお、右支払の日時・金額は次のとおりである。

昭和三二年三月六日  一五、〇〇〇円

昭和三三年一〇月五日 一二、〇〇〇円

昭和三四年五月九日  五五、〇〇〇円

同年一〇月四日     三、〇〇〇円

昭和三五年七月一五日 一五、〇〇〇円

(二)  原告は、原訴訟において、本件建物の台帳上の登載が被告みつの名義なるため不利な立場に置かれ、その真相を明らかにするため非常な苦悩を重ね、睡眠不足に陥り、食慾も減退し、遂には一時脳軟化症に罹し医師の治療まで受けるようになつたことさえある。原告は六十余歳の老女であり、他面被告らは巨額の富を有しながらなおもかかる不当な訴訟を提起したこと、原訴訟における原告の勝訴の困難な事情等を総合参酌すれば、原告の蒙つた精神上の損害を慰藉するには、少くとも二〇〇、〇〇〇円を下らない賠償が必要である。

五、よつて、物的、精神的損害賠償として合計三〇〇、〇〇〇円を不真正連帯責任を負う被告らに対して請求する。

と述ベ、

被告らの抗弁に対して、被告らの不法行為は原訴訟本訴の提起についてのみではなく、その後右訴訟の判決確定まで継続しているのであつて、かかる形態の継続的不法行為に因つて蒙つた損害については、その進行の止んだ時から時効期間を起算すべきである(鉱業法第一一五条第二項参照)。のみならず、民法第七二四条の「損害ヲ知リタル時」とは単に損害の発生だけでなく当該加害行為が不法行為たることをも知る意味に解されているのであつて、原訴訟が確定した昭和三四年四月二日がまさに右の「損害を知りたる時」であるから、本件の消滅時効はその翌日(昭和三四年四月三日)から起算されるべきであつて、未だ完成していない。

と述べた。〈証拠省略〉

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、請求原因第二項の事実は否認する。すなわち、被告らは、本件建物は当初から現在に至るまで被告みつの所有であることを確信しているものである。その事情は次のとおりである。

本件建物は、被告愛三郎が昭和一六年被告みつの為に建築し、これを原告の母北屋敷かよに賃料一ケ月二五円で期限の定めなく賃貸し昭和一九年三月迄家賃を取つていたもので、建築当時から家屋台帳にも被告みつ名義で登録され、固定資産税も同被告において支払つて来たところ、昭和一九年三月、大宮駅拡張計画のため本件建物の敷地が買収され、本件建物も収去されることとなつたが、終戦後右拡張計画は中止され、本件建物も収去するに及ばなくなつたので、被告みつは原告に対し単なる使用貸借と改めて無償で原告に居住させて来たが、昭和三一年三月六日原告に対し右家屋の使用貸借契約解除の意思表示をして明度を求めたところ、原告がこれに応じないために、原訴訟本訴を提起したのである。しかるに、原訴訟は原告の偽証によつて被告みつは敗訴となつたので、昭和三四年三月二四日被告みつは訴外北島初次弁護士に控訴手続を依頼し手数料まで支払つたにも拘らず、同弁護士の怠慢のため控訴提起されず、第一審判決が確定してしまつたのである。

三、請求原因第三項は争う。

四、請求原因第四項の損害の点は否認する。

五、よつて、原告の請求はいずれも失当である。

と述べ、更に抗弁として、

仮に原訴訟が不法行為に該当するとしても、被告らは民法第七二四条に基き、消滅時効を授用する。すなわち、被告みつの原訴訟本訴の提起は、昭和三一年二月二六日であるから、その翌日から起算して三年即ち昭和三四年二月二六日を以て消滅時効は完成したので、その後である昭和三七年三月一三日に提起された本訴請求は、この点においても既に失当である。(なお、本件については鉱業法は類推されるべきではなく、継続的不法行為については日々新たに発生する損害については日々新たに消滅時効は進行するのであるから、一括して確定の日の翌日から進行するとの原告の主張は失当である。)

と述べた。〈証拠省略〉

理由

被告みつが、昭和三一年二月二六日、本件建物について原告を相手取つて家屋明渡請求訴訟を当裁判所に提起し、これに対し原告が右建物の所有権確認を求める反訴を提起したところ、昭和三四年三月五日、本訴反訴とも原告北屋敷勝訴の判決が云渡され、同年四月二日確定したことは当事者間に争がない。

ところで、原訴訟において、原告と被告愛三郎とは、昭和九年頃から情交関係を生じ、原告は所謂妾の生活に入つたのであり、やがて両名の間には昭和一一年に北屋敷裕夫、昭和一五年に北屋敷衛男が出生したこと、その間、原告は昭和一二年頃には被告愛三郎の斡旋によつてその頃原告が東京市本郷区に所有していた建物を売却した代金を資として、東京市大森区馬込町に三棟の建物を築造し、そのうちの一棟の一部に居住し他を賃貸して生計をたてていたこと、昭和一五年頃になつて時局の逼迫から都会の生活に漸く困難が加わつて来たので、再び被告愛三郎の斡旋によつて、右建物を一三、〇〇〇円で訴外松井幹一に売り渡したこと、右譲渡及び代金の授受保管は全て被告愛三郎がその衝に当つたため原告は当時は正確な金額すら知らなかつたこと、被告愛三郎は昭和一五年一〇月一六日、原告を連帯保証人とする形式で本件建物の敷地を含む八二二坪の土地を訴外田中栄吉外二名から賃借し、右の売却代金を資として原告のために右土地の北部に本件建物を含む五棟六戸を建築したこと、そのうちの本件建物に原告が居住するようになつたが本件建物について原告は賃料の如きものを支払つたことがないのみならず、程なく右の八二二坪の土地の南部に被告愛三郎自身の建物が築造されるに至るまで、原告が右の土地八二二坪全部についての賃料を被告愛三郎に支払つていたこと、等の諸事実を総合して、本件建物は原告の所有であると認定されたことは、当裁判所に顕著な事実である。乙第七ないし第二一号証は既に原訴訟においても提出された証拠であり、乙第五号証の二は右のうちの乙第八号証と同一文書であり、何れも新な証拠でないことは、本件記録によつて明らかであり、又台帳の記載が真実の所有関係を反映していないことも原訴訟の判決の判示するとおりであるから、乙第六号証、同第二四号証を以て本件建物が被告みつの所有であるということはできないし、他に前記認定事実を覆するに足る証拠はない。

しかも、原告と被告愛三郎との間の妾関係が破綻になつたことから、原告の子である前記北屋敷裕夫、北屋敷衛男が被告愛三郎を相手取つて認知請求訴訟(当庁昭和三一年(タ)第六号)を提起するに至り、原告ら母子と被告愛三郎との間柄が険悪な状態において、原訴訟本訴が提起されるに至つたことも、当裁判所に顕著である。

以上のような原告と被告愛三郎との従前の関係、本件建物の建築の事情、及び原訴訟の経緯に鑑みれば、被告愛三郎は本件建物が原告の所有であることを熟知していたにも拘わらず、家屋台帳上妻である被告みつ名義になつていたのを奇貨として、同被告をして原訴訟本訴を提起せしめたものであると解さざるを得ない。

従つて、被告みつのかかる訴提起及び訴訟追行行為は、故意に原告の本件建物所有権を侵害せんとしたものであつて、強度の違法性を有するものであるから、まさに不法行為を構成する不当な訴訟というべきであり、被告愛三郎は、法律上は原訴訟の当事者ではないけれども実際においては主として同被告の意思と努力とによつて原訴訟は追行されているのであるから、共同不法行為者というべきである。

そして、不当に訴訟を提起せられ、やむを得ず弁護士に委任して応訴した当事者は、応訴の為に委任した弁護士に支払つた相当範囲の報酬手数料その他の費用については、不当訴訟によつて生じた損害として、民法不法行為の規定に従つて賠償を請求することができる。

ところで、被告らは、消滅時効を援用したのでその効果について判断する。民法第七二四条は不法行為に基く損害賠償請求権につき、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知つた時から三年間で消滅時効に罹る旨規定するが、右にいわゆる「損害を知つた」というについては、たゞ単に損害が生じたという事実を知つたゞけでは足りないのであつて、それを生ぜしめた原因としての他人の行為を知り、しかもその行為が違法であることをも知つたこと、即ち不法行為によつて生じたものとしての損害を知つたのでなければ時効は進行しないと解すべきである。これを不当訴訟についてみれば、当該訴訟が不当訴訟として不法行為に該当するか否かは、当該訴訟が確定(或いはその他の事由によつて終了-以下単に確定と省略)して初めて判明するのであるから、不当訴訟が確定したことを知つた時を以て損害を知つた時と解すべきである。不当訴訟はなるほど継続的不法行為であるが、訴訟活動は全体として統一的な目的のために行われるものであつて各時点を断片的に不法行為として把握することはできないのであるから、各時点を断片的に不法行為として把握し得るが故にその時点毎に不法行為として認識し得る土地の不法占拠の事案に関して「・・・損害ノ継続発生スル限リ日ニ新ナル不法行為ニ基ク損害トシテ民法第七二四条ノ適用ニ関シテハ其各損害ヲ知リタル時ヨリ別箇ニ消滅時効ハ進行スル」とした判例理論(大判昭和一五年一二月一四日民集一九巻二三二五頁)は、不当訴訟の場合に適用すべきではない。

従つて、原訴訟が確定したのが昭和三四年四月二日であることは当事者間に争がなく、原告が右確定を知つたのは早くとも同日であると解せられるから、同日から起算しても、一件記録によつて本件訴が提起された日であることの明らかな昭和三七年三月一三日には未だ三ケ年を経過していない。よつて、被告らの消滅時効の抗弁は理由がない。

そこで損害額について判断する。先ず積極損害については、成立に争のない甲第二号証、証人平本隆吉の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は原訴訟本訴を提起されたので弁護士平本隆吉、同平本祐二に事件処理を委任し、原訴訟の訴訟物の価額が約六〇〇、〇〇〇円であるところから、同弁護士らの所属する東京弁護士会所定の弁護士報酬規程の範囲内において、着手金四〇、〇〇〇円、報酬金六〇、〇〇〇円として計一〇〇、〇〇〇円を原告が同弁護士らに支払つたこと、同弁護士らの判断によつて原訴訟において反訴が提起されたが反訴については別段の報酬はなく右の本訴についての着手金・報酬金の中に含められたことが認められ、原訴訟は弁論終結までに二一回の口頭弁論期日が開かれ、争点を廻つて相当の攻防が展開されたことは当裁判所に顕著であるから、右の一〇〇、〇〇〇円の弁護士報酬全額につき、被告らに損害賠償責任を負担させるのが相当である。次に慰藉料については、原告本人尋問の結果によれば、全面的に信頼していた被告愛三郎から裏切られ、しかも自己の居住している本件建物について明渡を訴求され、証人を苦心して探し求めたこと、原訴訟のために原告は心労の余り睡眠不足と食慾不振に陥り、強度の神経衰弱になつたことが認められるのであつて、右事実及び従前の原告と被告愛三郎との関係等の諸事情に鑑み、原告の精神的損害に対する慰藉料としては金一〇〇、〇〇〇円を以て相当と認める。

よつて、原告の請求中、被告らに対して連帯の上金二〇〇、〇〇〇円の支払を求める部分は理由があるからいずれもこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長浜勇吉 吉村弘義 篠田省二)

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